安井 仙角(古仙角)
(やすい せんかく、こせんかく)
1673年(延宝元)−1737年(元文二)

  近江の生まれ、父の名は小路権太夫。1692年(元禄五)、二十歳のとき安井家三世知哲の跡目となり、同年に五段で御城碁に初出仕。1733年(享保十八)まで三十五局を勤める。その間の1700年(元禄十三)五月、養父知哲の死去により同年七月十一日に家督を相続し、安井家四世仙角となる。

  1727年(享保十二)、五十五歳のときに長谷川知仙を跡目としたが翌年没したために、八年後の1735年(享保二十)に田中春哲を養子として再跡目に立てた。二年後の正月四日に没した。

  安井家はそれまで京都寂光寺を菩提所としていたが、四世仙角のときから江戸深川浄心寺(日蓮宗身延派)を墓所とした。三世知哲以前の先祖は九世算知(俊哲)が浄心寺に合葬することとなる。


木石庵